サッカー 本の宇宙 vol.25『メキシコの青い空』

司会は山本浩さん以外に考えられない、そういう意見で関係者の声は一致し、山本浩さんの第一声で、 SAMURAI BLUE CAFE の最初のイベント「オープニングイベント」(プレス向け)が始まった。そうやってこのカフェがスタートした。

山本浩さん。元NHKアナウンサー、サッカー実況のカリスマとも呼ばれている。オープニングでステージに上がった山本さんの背には、2冊の著書が「サッカー 本の宇宙」に並んでいた。そしてそれから約2ヵ月の間、カフェに来店した人たちが手にとって、山本さんの本を眺めたり、読んだりしている。



『メキシコの青い空 実況席のサッカー20年』(山本浩/新潮社)
『実況席のサッカー論』(山本浩 倉敷保雄/出版芸術社)

『メキシコの青い空』からその名実況をピックアップしてみよう。

「東京・千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうに、メキシコの青い空が近づいているような気がしてます」
《1985.10.26 W杯メキシコ大会アジア東地区最終予選 日本対韓国 (国立競技場)》

「マラドーナの華麗なドリブル。つっこんだ、うぅっ!決まった、入りました!マラドーナ、決めました。アルゼンチン先制……。 1対0」
「マラドーナ……、マラドーナ……、 マラドーナ、来たー、マラドーナァー!」
《1986.6.22 W杯メキシコ大会準々決勝 アルゼンチン対イングランド (アステカ/メキシコシティー) 》
※上段はマラドーナの“神の手”ゴール、下段はマラドーナの“5人抜き”ゴール

「声は、大地からわき上っています。新しい時代の到来を求める声です。すべての人を魅了する夢、Jリーグ。夢を紡ぐ男たちは揃いました。今、そこに、開幕の足音が聞こえます。1993年5月15日、ヴェルディ川崎対横浜マリノス。宿命の対決で幕は上がりました」
《1993.5.15 Jリーグ開幕戦 ヴェルディ川崎対横浜マリノス (国立競技場)》

「ウルトラマンなら、さしづめ胸のランプが赤くなっているところですが」
《1993.10.4 アジア・アフリカ選手権 日本対コートジボアール (国立競技場)》

「来た。またぁ!入った、入った。同点、同点、同点になりました。イラク同点に追いついた」
《1993.10.28 W杯アメリカ大会アジア地区最終予選 日本対イラク (アル・アハリ/ドーハ)》

「フランスのために、全ての選手が一丸となって、そしてここにいる選手だけではありません。Jリーグで戦っている選手全てが、胸の中に同じユニフォームを 着ています」
「このピッチの上、エンジンを組んで、今、散った日本代表は、私達にとっては『彼ら』ではありません。これは、『私達』そのものです」
《1997.11.16 W杯フランス大会アジア地区第三代表決定戦 日本対イラン (ランキン/ジョホールバル)》

「声は届いています。遥か東の方(かた)から、何百万何千万もの思いが、大きな固まりになって聞こえてくるようで遠かった道のりでした。本当に、遠かった道のりでした。日本の、世界の舞台に初めて登場するその相手は、アルゼンチン。世界が注目するカードです」
《1998.6.14 W杯フランス大会グループH第1戦 日本対アルゼンチン (トゥールーズ/トゥールーズ)》

山本さんがアナウンサーになったのは、同級生たちとジャンケンをして1回で負けて、ジャーナリスト志望を断念したことがきっかけだという話が、この本の最初に出てくる。そして、山本さんは「あとがき」でこう綴っている。

「スポーツに必ずついて回る『偶然性』。ついて回るというよりも、『偶然性』に支配される割合が、ある適度なボリュームになったとき、スポーツは魅力を放ち始める。….『偶然性』と『必然性』のせめぎ合いの中でスポーツは存在し続けている」

結果的にまさにその『偶然』から生まれた『必然』こそ、山本さんのこれらの名実況ではないだろうか。

(文・社団法人 本の宇宙)

hariya  2010年6月25日|データベース, ブログ