ことしの本棚16『街場のメディア論』其の2

『街場のメディア論』(内田樹/光文社新書)

一気に読みました。この本は著者から僕への贈与だと思います。著者は [僕が何かを書く。それを読んだ人の中に、「これは自分宛ての贈り物」だと思ってしまった人がいる。] とか、[人間を人間的たらしめている根本的な能力、それは「贈与を受けたと思いなす」力です。] などと書いています。贈り物と自覚することを人間的コミュニケーションの立ち上がりだとしています。

この本が僕への贈り物だというのは、前回「単なる偶然とは片付けられない何か」とまで書いた“我が意を得たり”と言える記述があるということがひとつ。そしてもうひとつは、この本を読んでいるうちに、ずっと考えていた自分の会社の理念が、いきなり出来上がってしまったからです。

『われわれは“
スポーツの発展”と“人間の知性の発達”に貢献する』

これがこの本を読んで強い刺激を受け、むくむくと想起し、忘れないうちにとこの本に書き込んだわが社の理念です。創立19年目にして初めて作った理念。

さて、さらにもう幾つかの贈り物があります。
…メディアが求めているのは安全でも繁栄でもなく、変化…
とこれからメディアと仕事をして行く上で、基本的に理解していると役に立つであろうものの見方とか、
…人から「センスのいい人」だと思われたい、「知的な人」だと思われたい、あるいは「底知れぬ人」だと思われたい、そういう僕たちの欲望が書棚にはあらわに投影されている。…
と、まるでこの『ことしの本棚』を始めた動機を見通されているといった文章にも出くわし、少し余分な肩の力が抜けた気がします。さらには
…多様な趣味嗜好を持ち、多様なリテラシーを備えた読書人こそは、社会の文化的な基礎…図書館はまさにそのような生き生きとした知的な層を作りだし、維持するための装置…
であるから、(社)本の宇宙の目指していることが決して間違いでないことを示してくれています。そして
…読者のすべてが消費者であるわけではない…
という記述に刺激を受けて、「消費者でない読者になろう」という、これからの(社)本の宇宙の活動のひとつの切り口などが、僕の頭の中に浮かび上がってきました。つまり、贈り物だらけの一冊。読んで書いているうちに50数回目の誕生日を迎え、自分で自分に贈る誕生日プレゼントにもなりました。

http://booklog.jp/users/hariya 第16回 針谷和昌)

hariya  2011年2月16日|ブログ