日々本 其の百七十九「達人」

『豪打伝道の達人』(松井浩/ベースボール・マガジン社)

「荒川博―一本足打法を完成に導いた名伯楽」の王選手を育てた荒川コーチによる打撃論。居合、合気道まで用いて、王の打撃を道にまで極めさせる。

…ボールとバットが当たるところの丁寧さこそが、バッティングの生命線…(王貞治/p092)

…「臍下の一点に気持ちを鎮める」というのは、思いっきり簡単にいえば、脱力法の一つ…(p121)

1.臍下の一点に気持ちを鎮めたら、そこから手足のスミズミまで気持ちを結ぶ 2.臍下の一点から動く(p134)

野球をやる上で(僕は草野球をいまだにやっている)、またスポーツをやる上で、(ちょっと高度過ぎるけれども)すべてが参考になる。自分の身体を使っての本質の追究はとても魅力的で、よーし、僕も合気道を習おう、という気持ちが大きく膨らむ。そんな中でも、王選手のコメントで秀逸なのはここだ。

「『打ちたい』と思って心が乱れると、身体全体にも無駄な力が入るんだということに気づいたんですよ。野球はバットを手で持つから、どうしても腕の力に頼ろうとします。それは、ある意味しょうがないことなんだけど、それでもいかに気持ちを下げて、下半身を主として身体を使えるかということですよ。そうすることが、自分の力を効率よく発揮することにつながっていくんだよね。特に大事な試合でドキドキしだしたら、気持ちが胸や頭に上がるから、出たとこ勝負みたいなことになるでしょ。だから、技術がある程度身についてきたら、気持ちをいかに鎮めるかの取り組みが必要になるのね。ホームランを打っても、打っても、次の勝負ではまた臍下の一点に気持ちを鎮めて集中力を高めていましたよ。当時、『心が身体を動かす』ということを教えてもらいましたが、『打ちたい』と思って無駄な力が入るから、打つ時にも上体が突っ込む。結局、打席でボールを見えなくしているのは、自分自身だということにも気づいたんです。相手投手でも、その投手が投げるボールの問題でもなく、あくまで自分自身の問題だとわかりました」(p128)

王貞治は「道」を行った。王選手が表現するパフォーマンスには、本物の道を極めた者しか表現出来ない凄みがあった。ライバル長嶋茂雄は「ショー」である。長嶋選手が見せてくれたプレーは、本場メジャーリーグを彷彿させる超一流のベースボールだった。野球を野球道にしたのが王であり、野球をその原点のベースボールに還元したのが長嶋である。王は日本の道を、長嶋はアメリカのエンターテイメントを体現し、プロ野球を日本No.1スポーツに導いた。とてつもない2人が同時代に並び立っていたものである。

日々本 第179回 針谷和昌)

hariya  2013年1月09日|ブログ