日々本 其の百五十「覚悟」

『覚悟 理論派新人監督は、なぜ理論を捨てたのか』(栗山英樹/KKベストセラーズ)

「毎日が苦しい。一日中苦しい」「人生50年、いまほど必死になったことはない」「毎日、命を削っているという実感がある」「本当に出し尽くしている…」「何をやってもダメなときは、…毎日、すり減ってしまう感じがする」「試合中は完全にケモノに戻っているような感じ…」「…監督は一番元気でなくてはいけないから、人前に出るときはテンションを上げる。もしかするとそれが一番しんどいかもしれない」「…絶対に「今日やられてはダメ」なのだ」

最初に4ページにこれだけ本音が出てくる。ググググッと引き込まれる。おそらくこれらが、栗山ワールドの象徴。この吸引力に、選手をはじめとするチームの皆が引き込まれ、スポーツキャスターからコーチ経験なしで監督に就任したにもかかわらず、就任1年目優勝の偉業を成し遂げることが出来たのではないか。

知性派で、優しさが滲み出ている人柄、そしてそのキャリアから、監督として大丈夫かと見守っていた多くの人びとの心配を杞憂に終わらせた第一の要因は、これだけ自分をさらけ出せる率直さと大らかさにあるのではないだろうか。そしてそれは、やってみるまでは僕らにはわからなかったことであるけれど、本人は当然わかっていたこと、というか、考え抜いて辿り着いた道だったのではないかと思う。

一番心掛けていたのは「人の話を聞く」ということだという。取材者時代に見つけたこの心得は「監督になってからも役に立っている」という。さらに「…取材者としての僕は、だれよりも選手たちのよいところを見てきた」「自分はただそのよいところを引き出せばいいのだ」という。読み込んでいくと、いかに“自分に出来ることは何か”“そこから生まれる強味は何か”を考え抜いたかが、わかるような気がする。

監督になってもスポーツキャスターのベースを忘れない。優勝監督として本を書いても、スポーツキャスターの視点を忘れない。そんな監督は前代未聞。そのことがこの本を稀に見るものに、そして質の高いものにしている。GMをやったらもっと面白い、そう感じさせてくれる数少ない監督であり、希有のスポーツキャスターである。

日々本 第150回 針谷和昌)

hariya  2012年11月12日|ブログ